今生の別れ ><;

  四半世紀ぶりにアメリカから来日した高齢の美子姐と玲子姐を交え、日本の姉二人、それに杣ちゃん夫妻の6人で、奥飛騨は平湯温泉、深山桜庵で一泊したのでありました

 浴衣姿の長女・美子姐と、二女・恵子姐。  
                      それを写す三女・玲子姐。 それを館内から写すオッカと四女・文子姐(右)

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(笑)



 美子姐、玲子姐は杣家を拠点に10日間、懐かしい日本を満喫し、11月3日、中部国際空港から、今や母国であるアメリカへと飛び立ったのでありました。
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         もうこの世では会えないでありましょう。 
              美子姐、玲子姐、あんたらは我等きょうだいの誇りです。 ありがとう。 達者で
 


                                  あとでオッカが泣いていた。
              祖国を飛び立つ二人の姉に、ポチっとクリック お願いします m(__)m →
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Secre

お久しぶりで~す!

いつでも会える 身近な兄弟姉妹と異なり 別れの思いはどんなだろうと・・・
”今生の別れ”のタイトルを見ながら ・・・・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。!!

今日のポチットが手のひらマークにならず ポチット出来ないのですが・??
☆⌒(*^-°)v Thanks!!

す~ちゃん オハッ♪

ホントだっ! テーヘンだっ v-355

なんか変ですが、直りました。 ありがとう v-222
ご面倒ですが、も一度ポチっとお願いします m(__)m

およそ10年前には、姉を頼ってみんなでアメリカに行ったりハワイで合流したりしました v-227
これからはもう、皆そんな元気も無く (;一_一)

す~ちゃんの美人の妹さんも確か外国が絡んでましたね .。oO

ポチッと出来たよ!

>す~ちゃんの美人の妹さんも確か外国が絡んでましたね .。oO

ちゃうちゃう! 妹ではなく 姪っ子で~~す♪~♪ d(⌒o⌒)b♪~♪

私は未だに 海外とは無縁で パスポートも持ったことが無く
死ぬまでに一度は海外へ~と思ってはいるけど・・・無理みたいで~~す・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。!!
☆⌒(*^-°)v Thanks!!

お疲れさまでした。

お二人とも80歳をこしていらしゃるとは、思えない ゲートに入る
後ろ姿、姿勢がいいし、足も長い、おちょっこもアメリカで暮らしたら
足が長くなったかも 残念。

奥様の泪は、こちらも胸に来ます。そまさんもさぞかし 心の中は、滂沱の泪でしたよね。
おつかれさまでした。

こんにちは

逢える楽しみ・・わかれの辛さ。。
お二人のお姉さんの心境が痛いほどわかります
次は杣ちゃんが奥様とアメリカに行かないとねぇ~
お姉さまのジーパン姿若い(@_@)
手を振るお姉さまの別れの姿に涙がでます。。。

未だに無菌の日本人!

ポチ、あーざーすm(__)m
おかげで今でも名古屋一でおられます。
今後も宜しくお願いします。

さて、
こんな私でも過去には韓国、アメリカ本土、ハワイへと渡航しました。
す~ちゃん程のお年で純日本人はメズラシ !
ギネスものです v-19

ほおかあ! 姪ッ子さんでしたか!
何でもエエ、美人なら v-331

楽たび様


そうですねえ、おちょっこ様もアメリカで暮らしていたら今ごろは、5等身→8等身になっていたかもね (笑

うちのオッカには姉妹が無いので、姉が出来たのが嬉しいと言っていました。
な~る .。oO
それで姉たちと打ち解け、非常に楽しく会話し、接待をしておりました。
大須とか名古屋の街をよく知っているので、案内ができ、姉らも喜んでおりました。

昔、アメリカに行った時、姉が寿司屋につれていってくれましたが、まずくてまずくて v-292
そんなですから今回、姉らはスーパーで買った寿司を、美味しい美味しいと言って食べまくっておりました (笑

わい様


会うは別れの始めとて 。・゜゜・(>_<;)・゜゜・。

> 次は ・・・
いえいえもう行かれませんよ。
ゼニも無いしヒマも無いし体力も無い。

玲子姉は、「テキサスには何も無いから、来るならカーニバルの時においで」 と、言いますが、
じつぁ~ワタクシ
そんな非日常的なカーニバルより、質素でもいいから姉の普段のアメリカの生活を眺めたいと思います。

わい様、ほいじゃあまたね v-222




私も泣ける・・・。

杣ちゃん  おはようございます。
なんだか、泣けるねぇ。
お会いしたこともないけど、戦後皆貧乏だった。
とりあえず、雨風しのげるバラック家に住んだものです。

我が家も、東京から移り住んで、6畳一間のバラック小屋からスタート。
子供だったから、こんなもんだと思っていたけど・・・。
お姉さん二人も、家族のために必死な毎日だったのでしょうね?
杣ちゃんがアメリカへ行かなきゃ!
朝から泣いちゃった!

生きてま~す!!^^

おはようございます^^
冬眠?から目覚めたひとみであります!^^

奥飛騨ですか~義兄さま以外、皆女性ですね~(^-^)
お姉さま達、アメリカで色んな御苦労をなさって。。。
でも、お元気そうで♪

我が家では、来年春に不妊治療をしていた長女が双子ちゃんを産むんですぅ~
私と同じで”春じゃ~!!”あまり意味は考えないでくだされ~^^

今日は、木枯らし1号とか!お風邪気をつけて下さいませ♪
さて~温かいお茶を飲みながら、下の記事をゆっくりと読ませて頂きま~す!!v-16

すみれ様


すみれさんこんちゃーっす ♪

杣ちゃんがガキのころ、杣家は岐阜県可児郡御嵩町の疎開先で、ビンボーな間借り生活をしていました。
オヤジは53才で若死にし、母子家庭でした。
アタシャ 高校生の時、新聞配達もしましたよ。

そのころ農家はと言えば、食べ物があるので、母に言わせると、「威張っていた」 そうです。
疎開者など非農家は、農家に頭を下げて農作物を分けてもらっていたらしい。
歴史のことはわかりませんが、
今でも、親からもらった広い農地に建てた豪邸をみると、なにやら不公平感を感ずるのです。

お久しぶりにシスターや!


>義兄さま以外、皆女性 ・・・
e-141 兄貴が居たけどずい分前に心臓病で無くなっているのでね、今は男は末っ子のワタクシ一人であります。
姉らから見ると今でも可愛いらしい ・テヘヘッ(*゚ー゚)>

それにしても、不妊治療をしていた女性がまた、どーして双子を産むんですカイ!
さすがはシスターの長女さまじゃ (笑

ほいじゃあ下の記事も読んで感想をかいてね。
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    中日新聞の新連載小説
    "とめどなく囁く"
    どう展開するのか、楽しみに読んでいる。


    今んとこ動きがなく、あんまり面白くない。
     

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